この奇策の検討は、越年国会とせざるを得ないと決定した昨年12月25日頃から、ごく少数の自民党幹部の間で最終的に法的詰めの作業を始めることが合意されていた。
大島国対委員長が極秘に勉強会を続けていたことは先に述べたが、伊吹幹事長も過去の”つなぎ法案”の先例を調査していた。大島、伊吹両氏はお互いの秘策として首相の派閥である町村官房長、元森総理、中川元幹事長らと協議し、ゴーサインとなった。その後、更に衆院法制局や関係省庁と法案づくりの作業を始め、民主党の対応を待つことにした。
過去の先例とは、(1)1953年3月18日、(2)1955年3月24日、(3)1967年3月16日、(4)1970年2月19日と4回提出されている。いずれも3月31日期限が切れる租税特別措置法を1ヶ月から3ヶ月延長する内容である。いずれも解散・総選挙があったために予算や予算関連法案の審査が遅れることを理由に提出されたものである。今回のように野党が反対で提出するのは初めてのことである。
